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コラム

海外飲食マーケットの研究1(バンクーバー編)

アジア以外への都市にも進出を始める日本人の飲食経営者が増えている。今回は、カナダ西部の都市・バンクーバー(ブリティッシュ・コロンビア州)の飲食マーケットを取材してきた。バンクーバーは、210万人とカナダ国内第3位の都市。海、山と自然に恵まれ、夏はマリンスポーツ、冬はスキーなどのウィンタースポーツが盛ん。2万人の日本人が住み、市内には日本食レストランも多い。

PROFILE

佐藤こうぞう

佐藤こうぞう
香川県生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業後、日本工業新聞記者、雑誌『プレジデント』10年の編集者生活を経て独立。2000年6月、飲食スタイルマガジン『ARIgATT』を創刊、vol.11まで編集長。
その後、『東京カレンダー』編集顧問を経て、2004年1月より業界系WEBニュースサイト「フードスタジアム」を自社で立ち上げ、編集長をつとめる。


バンクーバーの観光地の一つ、グランビル橋の真下の小さな島のようなエリアがグランビルアイランド。入江には観光フェリーやレジャー用のクルーザーが並ぶ。元々工場があった地帯だが、観光向けに開発が進み、“クラフト(職人の手づくり)”をコンセプトにしたショップや飲食店が並ぶ。ブルワリーを持つクラフトビールの店や後述する店内醸造の日本酒のテイスティングショップもある。観光の中心施設は「パブリック・マーケット」。肉、魚、野菜、果物など地産の生鮮物から近郊の農家が持ち寄った農産加工品、珈琲、紅茶まで、あらゆる食品が揃う。チェーン店を一切入れない巨大なフードコートもある。ここは観光地であると同時に、ローカルの人々の生活を支える場所なのだ。その「パブリック・マーケット」の入口には、「Buy local Eat happy!」と書いたステッカーが貼られていた。この国では「地産池消」が食生活の基準であり、観光の目玉でもある。また、街を歩き、レストランやカフェに入ると実感させられるのが、「禁酒、禁煙、ベジタブル!」。それだけ環境や健康にこだわるライフスタイルの都市なのだ。そうした国民性からでもあるのか、ヘルシーでクール(カッコいい)というイメージが強い日本食へのリスペクトは他の欧米都市なのかでも高いようだ。日本の「SUSHI」はもちろん、「IZAKAYA」「RAMEN」はバンクーバー人の人気飲食店だ。なかでも日本人経営の「IZAKAYA(居酒屋)」が多い。バンクーバーといえば、20年以上前から楽コーポレーションの宇野隆史社長が自宅を持ち、「汁べゑ」を経営していた。その“宇野学校”から育った人材は少なくない。その代表格がカナダで「北の家Guu」8店舗(バンクーバー7店、トロント1店)を経営する北原良訓氏(KITANOYA MARKETING GROUP代表取締役)。宇野氏の「汁べゑ」も引き継いだ。その「Guu」グループから独立組も多く、北原氏はバンクーバーの飲食店経営者たちから「オヤジ」と呼ばれ、慕われている。北野氏に会った。開口一番、彼は「この国は、アルコールには厳しいんだよ。お酒を出す居酒屋経営は簡単じゃないよ」と言った。そう言いながら、バンクーバーで7店成功させ、トロントに出店したら大当たり。彼を慕う飲食店経営者はいまこぞって“トロント出店”がブーム。確かに、カナダでは、リカーライセンスを所得するのは困難。アルコールが主体のバー業態は新規出店が不可能に近い。イギリス系なので、パブはあちこちにあるが、バーやバルは皆無に等しい。ほとんどはレストランライセンスで開業し、店内にバーコーナーを設けるスタイルだ。日本人経営者たちによると、居酒屋には時々覆面の役人がアルコールを出し過ぎていないかどうかチェックに入るという。フードよりアルコールの売り上げが多いと指導が入るというのだ。とはいえ、日本人経営の「IZAKAYA」はローカルにもモテモテ。「Guu」出身で「金魚」「スイカ」、そして「ラジオ」の3店の居酒屋を経営しているのが田丸商店の田丸実氏。店名は“日本の夏の思い出”をイメージしたもので、こじゃれた居酒屋。最新店の「ラヂオ」はかなりエッジの効いた大阪新世界の串カツを売りにする“ネオ大衆酒場”だ。多くの日本人経営の居酒屋や寿司、ラーメン店がオフィス、ホテル、有名ショップ、商業施設が集まるダウンタウンエリアにあるが、田丸氏の「金魚」以外の店の立地は、日本人がほとんどいないローカルエリア。狙いは、遊び好きのローカル集まるエリアや留学に来ているアジアの学生が集まるエリア。「スイカ」は最近、注目のトレンドエリアであるキツラノのブロードウエイサウスエリア、「ラヂオ」は学生街のウエストポイントグレーエリアにある。田丸氏は、ダウンタウンの地元誌が選ぶグルメアワードを受賞するなど、バンクーバー注目の飲食店経営者。東京への“逆進出”も目論んでいる。田丸氏は「串カツもそうだが、バンクーバーにまだない日本食コンテンツの店を今後も出していきたい」と話す。バンクーバーで私は二泊したが、二日間夜のアテンドをしていただいたのがラーメン「JINYA」のオーナー、遠竹啓太郎氏。遠竹氏は大手飲食チェーン出身、10年以上前からダウンタウンの目抜き通り、ロブソンストリート(銀座中央通りのようなストリート)で、ジャパニーズファストフード業態を“ストリートドミナント展開”している。天ぷらの「Ebi Ten」、丼物の「DONNBURI‐YA」、寿司の「ROLL,s」。そして、二年前、ロスからニューヨークにも進出を果たしたラ・ブレアダイニングの高橋憲知氏のラーメン「JINYA」ライセンス1号店。遠竹氏は「非アルコール業態、ローカルにも日本人にも観光客にも支持される日本食ファストフードの店を今後もロブソン通りで出していきたい」と言う。B級グルメでバンクーバードリームを掴んだ成功者もいる。日本スタイルのホットドッグ「JAPADOG」をブレークさせた田村徳樹氏だ。屋台からスタートし、いまや観光ガイドに乗る有名店。ロブソン通りに店舗も持ち、オフィス街では大型のフードトラックも出店。ニューヨークにも進出を果たしている。実は、田丸氏も田村氏も、自分探しに来たワーキングホリデー出身。バンクーバー飲食業界の一つのキーワードは、“ワーホリ”かも知れない。というのは、バンクーバーの日本人経営の飲食店の日本人スタッフの多くはワーホリの学生。遠竹氏の店もほとんどのスタッフがワーホリの学生だ。語学留学でバンクーバーに来て、そのまま移住する若者も多いという。それだけ住みやすい、環境の素晴らしい都市だからかもしれないが、その若者たちが飲食店の幹部になり、独立して自分の店を持つケースが少なくないのだ。今回、取材はできなかったが、日本人経営者の店で最近注目されているのが炙り寿司スタイルを持ち込んだ和食レストラン「Miku(美空)」。宮崎県を中心に回転ずし店「寿司虎」や海鮮和食の店「なかむら」を展開する宮崎県の「虎コーポレーション」(中村正剛社長)の海外初出店の店。100席を越える大箱だ。1号店は2008年11月開業、昨年2月に2号店「Minami(美波)」をオープンした。やや高めの客単価だが、バンクーバーの中間ローカル層からハイエンド層までに支持されている。他には、オーナーはカナダ人だが、「Kuu」出身者が責任者をつとめる居酒屋「葉っぱ」は3店舗を展開。スタイリッシュな空間が高く評価されている。「葉っぱ」の立地戦略を分析すれば、バンクーバーのエリア特性がわかる。1号店がロブソン通り、2号店がキツラノエリア、そして3号店がエールタウンエリアだ。エールタウンは、元々倉庫街で、それが飲食店やブランドショップが並ぶスノッブなエリアとして注目された。昼間ひっそりとしたレンガ造りの古い建物の連なる通りは、夜になると飲食ストリートに変わる。バンクーバーでも東京同様、トレンドエリアは移り変わる。かつてエールタウンが注目されたかと思うと、いまはキツラノとギャスタウン。最新スポットといえば、バンクーバー発祥の街「ギャスタウン」だ。イギリスの影響が残る古い建物の中に、スタイリッシュなパブやレストランが入っている。治安が悪いチャイナタウンの近くにある新しいスポットだが、それだけにまだ飲食街としては参入の余地がある。日本人経営の飲食店はまだ出ていないようだが、ご当地グルメの間で注目されているのが日系オーナーシェフが経営する「Pidgin」。フランス、上海、韓国でも修業したというシェフの料理は“フレンチジャパニーズ&コリアン”。いわば創作料理なのだが、味については評価が高い。ここでは、日本酒も提供しており、連日満席からすれば、トレンドエリア・ギャスタウンをいま最も象徴する店といっていいだろう。ところで、バンクーバーは私見では、もう少しアルコールに寛容な都市であってほしいのだが、認可を取ったアルコールの店はかなり進化したスタイルの業態となっている。たとえば、ビジネス街のウォーターフロントエリア。そこに「TAP」というビアパブがあるのだが、その店にはクラフトビールのタップと並んで、生ワインのタップがある。ワイン樽ごと持ち込み、サーバーで提供するというスタイル。これは、いちいち瓶詰めにすることを避け、環境に配慮したサステナブル発想から来たもの。お客さんにとっては、まさにワイナリー直送のサプライズがある。こういう店が増えている。ワインといえば、バンクーバー空港から45分で200のワイナリーがあるオカナガンに行ける。ここは、カナダ唯一の砂漠地帯で夏は40度、冬はマイナス15度と寒暖差がある丘陵地域。琵琶湖2個分の大きな湖を囲んでワイナリーとリゾートが点在する。いま、ここはフランス始め世界のワイン造り関係者から注目を集めている“世界最後のワイン王国”である。ミニブルワリーならぬ“マイクロワイナリー”がクオリティの高いワインを生産している。そのオカナガンワインをバンクーバーでは樽生で提供できるのだ。日本の甲州など国産ワインもかくあるべしだ。今回のバンクーバー取材で感動したのは、酒米ファームと自家醸造所を持ち、日本酒の製造販売を手がける白木正孝氏との出会い。冒頭で紹介したグランビルアイランドのクラフトショップエリアに「アーティザン・SAKE・MAKER」(酒工房)というカナダ初の日本酒醸造所を立ち上げ、日本酒をより親しみやすく、より気軽に飲んでもらおうと布教活動を行っている。店では、利き酒ができるだけではなく、その場で実際にお酒とフードのペアリングを楽しむこともできる。バンクーバーの農村地帯で酒米を栽培しており、ここを5年計画で拡張し、ゆくゆくは“海外初の日本酒蔵元”になる計画。白木さんは40年前からバンクーバー暮らし、実は経済産業省の役人でブリティッシュコロンビア州観光局に所属していた。そのmasaが醸す無濾過生原酒の純米酒は、バンクーバーの一流ホテルのシェフにも評価され、彼の生原酒をTAPで提供するという試みも出てきた。白木さんの目下の課題は、一緒に日本酒づくりをしてくれる若者の確保と育成。日本からも人材を募っている。今回のバンクーバー取材を通じて、私なりに飲食店進出のメリットとデメリットをまとめてみた。バンクーバー出店のメリットは、1、NYやロスに比べ、家賃も安く、保証金も2ヶ月、5年契約なので出店コストが低い。2、人件費はバイトでも保険、年金加入が義務づけられ割高だが、ワーキングホリデーの若い日本人在住者が多く、スタッフは調達しやすい。人件費比率は35%ぐらいになる。3、食材は豊富。日本からの輸入食材も簡単に手に入る。ただ、物価は高い。従って、FL比率は65ぐらいになるが、水道光熱費は日本より安い。居抜き物件が多く、出店コストが低いので、2年回収も可能。4、ヘルシーなイメージのある日本食業態やエンタメ性のある居酒屋は、ローカルから受け入れられやすい。新しいエリアには伸び代もあるので、業態次第では多店舗展開も可能。デメリットは、1、バーライセンスは取れないので、アルコール特化業態は難しい。2、居酒屋はレストランライセンスで取れるが、アルコール比率がフードを上回ると役所から指導が入る。とにかく、アルコールに対しては厳しい。日本酒、焼酎などは40%の関税に加え、州の酒税が140%近くかかる。総括すると、アルコール比率を上げて客単価を取りにいくのではなく、フード中心でしっかりとリピーターをつくること。出店エリアは街の中心部からローカルの生活圏である周辺の飲食未開拓エリアに広がっている。そして、何よりも北米への海外進出を考えたとき、出店コストの低いバンクーバーで開業、それを足がかりに次にトロント、ロス、NYを目指すというストーリーが描ける。今後、注目すべき都市の一つであることは間違いない。

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