2008年9月のリーマンショック後のデフレ状況のなかで、大手外食チェーンが低価格競争を繰り広げ、飲食マーケットが疲弊していた2010年の初頭、私は「『バリュー・パフォーマンス』の時代が来る!」と題し、こんなコラムを書いた。低価格をコンテンツとした業態の拡大や、価格競合の激化のなかでは、「価格」はすでにキラーコンテンツとはなりにくく、価格を超えた満足感が求められてきている。例えると、「1,000円でそれなり」ではなく、「こんなに美味しくて、楽しくて1,000円!?」という“価格越え”、いわゆる「コスト・パフォーマンス(CP)」である。しかし、いまやCPを競うのは当たり前で、顧客はそれだけでは満足しない。私は昨年から、CPに代わるキーワードとして「バリュー・フォー・マネー(価格に見合う価値)」を提案せよ、と言ってきた。つまり“価格軸”から“価値軸”に発想の転換をせよ、ということだ。そうすれば、「FL管理」というこれまでの飲食経営の係数中心思考を改めなければならない。ときに「原価」を無視して売りとなる希少食材を投入したり、画期的なメニュー開発のために投資をしたりしなければならない。しかし、「FL管理」至上主義の大手チェーンはむしろ軒並み「価格」を下げて、自分の首を絞めている。その中で、“価値軸”を選択した新興ベンチャーや多業態型の小規模チェーンはデフレの中でも強い戦いをしている。この外食不況、デフレ悪化を乗り切るには、さらに“価値軸”を極めなければならない。もう「バリュー・フォー・マネー」では生温い。「バリュー・オーバー・マネー(価格を超える価値)」を提案しなければ勝てない時代が来た。言い換えれば、「コスト・パフォーマンス(CP)」から「バリュー・パフォーマンス(VP)」へのパラダイムの転換である。「価値の満足」こそが、これから求められるのである。この原稿を書いてから3年半、飲食マーケットはまさに「VP(バリュー・パフォーマンス)」の時代になった。「FL管理」の原理も崩れ、最近では「俺のフレンチ」「俺のイタリアン」に代表されるような原価率200%の料理さえ当たり前に出される“高原価経営”がもてはやされるようになった。しかし、その行き過ぎを私は懸念している。猫も杓子も高原価のキラーコンテンツづくりに走る姿は尋常ではないと思う。「価格軸」時代の“均一居酒屋戦争”と同じように、マーケットが同質化してしまわないかという懸念がある。ファストフード業界も追随してきた。マクドナルドの「1000円マック」や牛丼各社の高価格商品競争も始まった。「俺のイタリアン」ブレイクのきっかけになった「牛フィレとフォアグラのロッシーニ風」はあちこちの店でパクられ、ワタミでさえ“原価率80%!”と謳って「GOHAN」業態各店で売り出している。まさに、“仁義なきVP戦争”が始まった感がある。これは、顧客にとってありがたいことではあるが、低価格競争と同じように、結局は“体力勝負”“資本力勝負”となる。「俺の~」系の成長を支えているのは、オーナーの坂本孝氏の“じゃぶじゃぶ”の私財である。坂本氏だからこそできる荒わざだと私は認識している。とはいえ、「VP」という価値軸の時代は続くだろう。行き過ぎはあっても、このトレンドはベイシックな流れになっている。「キラコン」を持たない店は、目的店たりえなくなってきた。宣伝費や販促費をかけないで、その分を原価に投じるという発想もスタンダードになってきた。「原価率の高いキラコン」があれば、それそのものが販促材料になる。口コミサイトやSNSで情報がシェアされ、コストゼロで集客できることになる。これからの勝負はその情報を「どう創るか」「どう伝えるか」になるのではないだろうか。したがって、価値軸「VP」の次に来るのは、情報軸「IP(インフォメーション・パフォーマンス)」だと私は思う。ITの世界では、アップルの創業者、故スティーブジョブスが「iPhone」という偉大なキラコン商品を遺した。スティーブジョブスは「iPhone」の「i」に以下のような意味を込めたといわれる。internet(インターネット)individual(個人の、独特の)instruct(教える)inform(情報を提供する)inspire(元気・ひらめきを与える)私も「VP」の次に来る「IP」時代の「I」には「inform」だけでなく、それらの多様な意味が含まれていると思う。「IP」は「アイ・パフォーマンス」と言い換えてもいいだろう。飲食ビジネスは、これからハイレベルの“情報戦”に突入するに違いない。
コラム
2013.07.18
価値軸「VP」から情報軸「IP」の時代へ!
飲食マーケットはここ3~4年、低価格競争から抜け出し、価値を競う時代に進化してきた。価値組"がすなわち"勝ち組"の時代である。その「価格軸から価値軸へのパラダイムの転換」の次に何が来るのか。それを私は「情報軸」と捉えたい。"
佐藤こうぞう
香川県生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業後、日本工業新聞記者、雑誌『プレジデント』10年の編集者生活を経て独立。2000年6月、飲食スタイルマガジン『ARIgATT』を創刊、vol.11まで編集長。
その後、『東京カレンダー』編集顧問を経て、2004年1月より業界系WEBニュースサイト「フードスタジアム」を自社で立ち上げ、編集長をつとめる。
現在、フードスタジアム 編集主幹。商業施設リーシング、飲食店出店サポートの株式会社カシェット代表取締役。著者に『イートグッド〜価値を売って儲けなさい〜』がある。