ベトナム・タンソンニャット空港からホーチミン中心街までの距離はわずか8キロだが、18時半頃空港を出た私はタクシーを拾い、市内最大のベンタイン市場近くのホテルまで約1時間かかった。道路はクルマとバイクで溢れ、たいへんな渋滞である。バイクの後ろの席には両足を脇に組んだ女性を乗せたカップルが目立った。“バイクでデート”なのだろう。クルマは韓国の「HYUNDAI制」が目立つ。ホーチミンには日本企業の10倍の韓国企業が進出。空港からの途中のエリアでも、韓国ディベロッパーによる巨大な再開発の工事が進んでいた。中華系財閥企業はそのさらに10倍のスケールで、いまやホーチミンの不動産や商業の基盤を支配しているとされる。ベトナムの政治は、中国と同様の共産党政権。選挙で選ばれるとはいえ、人民委員会(政府)を仕切るのは共産党幹部たちである。社会主義国でありながら、日本の高度成長期のように経済発展に突っ走る姿は、「ネクストチャイナ」とも「チャイナプラスワン」ともいわれる。また、「明るい北朝鮮」という表現が使われることもある。そんな経済成長一直線に向かうベトナム。なかでも商業の中心、ホーチミンはいままさに沸騰の最中にある。とにかく20代の若年層が人口の中心。彼らが所得を増やし、消費をリードするようになっている。役人たちも表面上の給与は安いが、裏経済(アンダーテーブル)の発達したこのこ国では、富裕層並みの可処分所得があるらしい。国民一人あたりのGDPは1370ドルといわれているが、ホーチミンに限っていえば、6000ドルとも7000ドルともいわれ、途上国ではバンコクに継ぐ購買層を抱える都市に成長しているのである。一般のOLの給与は500~1000ドルだが、ホワイトカラーの給与は5000ドル、初任給は300ドルぐらい。ベトナム人の消費性向は「悩まないハングリー」といわれ、給料もらったらすぐモノを買ったり、高いレストランで食事したりと、貯金には回さない気質とか。だから、飲食店はどこも賑わっているのである。とくにクラブやビアレストランなどが好調。市内最大規模のビアレストラン「Vuvuzela(ブブゼラ)」を覗いたが、300席以上はあろうかという空間はテラスまで満席。「HOOTERS」に似たコスチュームの女性ホールスタッフが華やかな雰囲気を演出していた。ホーチミンのローカルは、ビールをがぶがぶ飲む。着いた夜に訪ねた完全ローカル客の海鮮レストランでは、隣の4人席の客がビールケース2箱をあっという間に空けた。缶ビールを箱ごと注文する客も目についた。ジョッキにビールを注ぎ、氷を入れて飲むのがベトナム流。ビールといえば、サッポロビールは3年前にベトナム進出、1年半前に現地工場が稼働を開始、それ以来、ローカルマーケットをドブ板営業してシェアを急速に伸ばした。いまベトナムでのビールシェアは、トップがハイネケン、2位がタイガー。その2強が占有していたビール市場にサッポロが加わり、いまや三つ巴の戦いとか。各社のキャンペーンガールがどの店にもいるには驚いた。ホーチミン市内でローカルから支持されている好調な飲食業態は、寿司(SUSHI)、鍋料理(HOT POT)、焼肉(BBQ)、そして非アルコール業態ではベーカリーカフェとスイーツ。日本人経営者の店では、「SUSHI BAR」(寿司、6店舗)、「浦江亭」(焼肉、2店舗)、「東京BBQ」(焼肉)、五反田に本店のある「いもたろう」(居酒屋だが、鍋料理を打ち出す)、恵比寿「でですけ」や「浦江亭」、「野らぼー」オーナーたちがコラボした「えびす」(うどん居酒屋)などが注目されていた。推測だが、「SUSHI BAR」1号店は月商800万円、「浦江亭」1号店は月商1000万円を叩く超勝ち組だ。この2店はホーチミンを拠点に、カンボジア・プノンペンにも出店して成功している。これらの日本人経営の飲食店が集まっているのが、邦人駐在員の住居が集中する「レタントン通り」を挟んだエリア。ホーチミン市内の日本人経営飲食店の8割が軒を並べる。日本から進出する場合、まずこのエリアで邦人駐在員や長期滞在者を含めた日本人リピートの店でスタートしながら、徐々にローカルターゲットのメニューを採り入れ、ローカル客比率を上げていく作戦が一般的のようだ。2店目は完全にローカルを狙うとか、とにかく中間層から上のローカルターゲットの業態をつくることが日本人経営者の共通の課題になっている。「キーワードはローカライズです」と、現地で日本企業の進出をサポートする秀島耕太さんは言う。その秀島さんが企画・プロデュースを担当したのが、昨年9月にオープンした話題の日本式屋台横丁「Tokyo Town」(経営はInternational Advanced Project Co.,Ltd・CEO 山田隆雄)。寿司、焼鳥、鉄板焼き、定食、ラーメン、うどん、丼、スイーツなど11業態の店舗が集結、店舗面積は250坪、席数350席の2階建ての大箱だ。日本の飲食店経営者、投資家など15人が共同出資、それを中心でまとめたのが「紅とん」の創業などを手がけたプードプロデューサーの山本浩喜氏。主な出資者は、「まぐろ人」のTKSの神里隆氏、「鷄ジロー」のサンクチュアリの渡辺裕樹氏、「筑前屋」のカスタマーズディライトの中村隆介氏ら。サッポロビールベトナムが協力している。秀島さんは言う。「『TOKYO TOWN』は完全にローカルターゲットです。ですから、立地もレタントン通りではなく、あえてローカルの人たちがよく利用する幹線道路沿いの物件を選びました」。派手なネオンとインパクトある空間、屋台をうまく配置した空間づくりなど、エンターテインメントを求めている現地若者の集まるコミュニティーを作り上げたいという狙いもある。私が訪ねた時間、ちょうどベトナムのトップ俳優がガールフレンド連れで来店。まさにローカルの人たちにとって、「ホーチミンのデートスポットとしていまいちばんオシャレでカッコいい店」になっているのだ。客単価1000円。ローカルにとって安い店ではないが、日本人相手の店よりは使いやすい値段。料理はすべての店からオーダーできる。このメニュー数の多さが、ローカライズの一つのポイントである。“オシャレさ”でいえば、レタントン通りの路地裏に並ぶイタリアンの「Pizza 4P’s」、ラーメンの「RAMEN BAR SUZUKI」、居酒屋の「レタントン酒場」。同じデザイナーによるオシャレ系の店だ。いずれも日本人経営者の店。レタントン通りにタクシーで乗り付け、これらの店に行くのが、ファッションに敏感な女性たちのトレンドのようだ。これから、エンタメとファッション性がホーチミンの飲食店には求められいるのかもしれない。デザイナーたちの出番といえよう。ホーチミンにはレタントン通り中心に日系飲食店は150店舗ほど出店しているとされるが、純粋に日本人経営の店は70~80店舗らしい。街場への出店に関しては、レタントン通りのエリアはすでにレッドオーシャン。これからは、「TOKYO TOWN」のように、ローカルターゲット狙いで、競争のまだないエリアに出ていくこと必要だろう。一方、商業施設への出店状況はどうか。目抜き通りのドンコイ通りやハイバーチュン通りにあるショッピングセンターには、「ペッパーランチ」ぐらいしか日系企業は出ていない。ホーチミンにはまだ市内交通がなく、駅直結の商業施設がない。これが致命的で、シンガポールやバンコクのような賑わいがないのである。政府が新都心として開発している「7区」エリアにも最近、商業施設が立ち始めているが、ファッションもローカルブランドばかりだし、レストラン街やフードコートは悲惨な状況だった。私のリサーチした限り、ホーチミンでの商業施設出店は時期尚早だし、よほど物件を厳選する必要があると感じた。とはいえ、膨張するアジアの都市でも成長余力が大きいホーチミン。中心街には「高島屋S.C」(2015年初旬開業予定)が、郊外には「イオン」(2014年上期開業予定)がやってくる。これらの日系巨大商業施設にどんな飲食テナントが入るか。「イオンには『浦江亭』が入るらしい」といった噂がすでに飛んでいる。商業施設を狙うならば、「高島屋か、イオンか」の選択がある。シンガポールで成功しているエー・ピーカンパニーの「塚田農場」あたりが出てくると、ホーチミンもより面白くなるだろう。
コラム
2013.07.04
いま、アジアの飲食マーケットが熱い!③(ホーチミン編)
沸騰するアジア飲食マーケット視察レポート第三弾!今回はベトナム・ホーチミンを取り上げます。人口9000万人、30歳以下の若者が人口の2分の1とも3分の2ともいわれるベトナム。その最大の商業都市がホーチミンである。近年、地方からの人口流入が増え、ホーチミン市人口は650~750万といわれる。とくに中間所得層が増加、日本の高度成長期と似ていると指摘され、小売り、飲食、サービス産業への需要は急速に高まっている。
佐藤こうぞう
香川県生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業後、日本工業新聞記者、雑誌『プレジデント』10年の編集者生活を経て独立。2000年6月、飲食スタイルマガジン『ARIgATT』を創刊、vol.11まで編集長。
その後、『東京カレンダー』編集顧問を経て、2004年1月より業界系WEBニュースサイト「フードスタジアム」を自社で立ち上げ、編集長をつとめる。
現在、フードスタジアム 編集主幹。商業施設リーシング、飲食店出店サポートの株式会社カシェット代表取締役。著者に『イートグッド〜価値を売って儲けなさい〜』がある。