4月26日に『大繁盛の秘密教えます! 激セマ立ち飲み焼肉店「六花界」だけに人が集まる理由』(角川フォレスタ)という本を出した神田「六花界」のオーナー森田隼人氏。神田ガード下のわずか2.2坪の狭さで毎夜一升瓶6本以上が空くという“日本酒と焼肉”の立ち飲み屋が「六花界」。いまや“神田一の名所”と言われる超繁盛店となった。この店のポイントは、森田氏(いまはスタッフが立つ日も多い)がその日仕入れた日本酒を一本一本、酒蔵の歴史や蔵元のプロフィール、酒の特長などをストーリーにしてお客さんに伝える。新しいお客さんが入るたびに全員で乾杯、するとお客さんの間に連帯感が生まれる。二台の七輪を全員でシェアしながら焼肉を食べる。そこで男女の出会いが生まれ、交際や結婚に発展することもあり、“婚活焼肉”とか“神田婚活神社”という言葉が口コミやネットで広がり、客がまた客を呼ぶという連鎖が起きることになる。
「六花界」の事例で分かることは、「伝える」ことに成功すれば、もっと掘り下げて「伝える人を育てる」ことに成功すれば、「売る」努力をしなくても売れるのである。要は、何をどう伝えるか、である。伝えたお客さんが、他のお客さんに伝えたくなるような「伝え方」をできるかどうか、である。飲食店でいえば、料理と酒(商品)、内装(環境)の魅力やこだわりをどう伝えるか。そこに伝えるべき「情報」と「ストーリー」(シナリオ)がなければならない。そして重要なことは、食材やレシピなどの「知識」ではなく、生産者の思いや人となり、エピソードなどの「感動」を伝えることだ。「頭」ではなく「心」に響く言葉を選ぶべきである。一番インパクトのある話は、生産者のナマの姿を伝えること。肉、魚、野菜の生鮮食材には必ず生産者のストーリーがある。店側がその生産者と会っているかどうか、会っていればその“体験”を伝えられるはずだ。
これからの飲食店のミッションは、「いかに料理や酒を売るか」ではなく、「いかに食材や酒の造り手の思いを伝えるか」に移っている。料理の技術や料理人のプロフィールなどは、もう飽き飽きするぐらいにネットで溢れている。しかし、生産者のナマの声やエピソードはまだまだ情報が少ない。お客さんはいまや料理そのものよりも、そうした“情報味覚”に飢えている。他人に伝えたい、ネットに書き込みたいネタ=情報味覚を常に探しているのだ。そのネタを提供できた飲食店が勝つ時代なのだ。クリエイト・レストランツ傘下に入ったとたん、全国の商業施設から出店要請が相次いでいるというAWkitchenの渡邉明氏は“畑の伝道師”という異名をとる。彼は、1月に開催したフードスタジアムセミナーの講演でこう語った。「渡邉明は野菜を愛し、畑を愛してる。畑で受ける感動をそのまま料理にのせてお客様に届けたい。『私の仕事は料理を作ることではなく、料理で人をハッピーにすることなのです』」。素晴らしい「伝える言葉」である。飲食店オーナー、料理人はこれから、すべからく“伝道師”であるべきだ。「売る」のではなく「伝える」こと。2013年の飲食マーケットを動かす歯車はここで変わるような気がする。
コラム
2013.05.02
「売る」から「伝える」へ!
池上彰氏の『伝える力』に続き、人気コピーライター佐々木圭一氏の『伝え方が9割』が大ベストセラーになっている。ネットワーキングの時代、いかにコミュニケーションが大事かということだ。飲食ビジネスにおいても「売る」から「伝える」に力点が移ってきているのではないか。
佐藤こうぞう
香川県生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業後、日本工業新聞記者、雑誌『プレジデント』10年の編集者生活を経て独立。2000年6月、飲食スタイルマガジン『ARIgATT』を創刊、vol.11まで編集長。
その後、『東京カレンダー』編集顧問を経て、2004年1月より業界系WEBニュースサイト「フードスタジアム」を自社で立ち上げ、編集長をつとめる。
現在、フードスタジアム 編集主幹。商業施設リーシング、飲食店出店サポートの株式会社カシェット代表取締役。著者に『イートグッド〜価値を売って儲けなさい〜』がある。