「3.11」以降、人々は自分の価値観を重視する生き方を強めている。組織や世の中の流れに自分を合わせる生き方ではなく、自分が価値あると思うものを選択する生き方。衣食住はじめ、ライフスタイル全般にわたって、それを貫く生き方を求めるようになった。そして、自分の価値観をSNSで堂々とさらけ出し、主張するようになった。これは大きな変化であり、飲食ビジネスのあり方もそうした新たな波を受け止めて、変わっていかなければならないだろう。では、飲食店の存在価値はどう変わっていくのだろうか。シンプルに言えば、「価値を感じて通えること」がその店の強さになるということだ。人々は飲食店に「非日常」を求めるのではなく、「日常の高質化」を求めるようになった。自分の価値観を満たしてくれる料理と酒、サービス、空間。それを求める傾向が強くなったといえよう。業態競争の時代は、「日常」か「非日常」かを区分けしながら業態開発をしてきた。しかし、もはやそういう分け方をしていては、時代に遅れてしまう。これからの飲食店の役割は、「日常の高質化」の方向にシフトするだるだろう。「高質な日常」を提供できる企業が生き残る。そして、最も強い企業は、それを低コストで提供できる仕組みをつくり上げたところだろう。「流行る」とか「繁盛する」というのはあくまで現象であって、いかに顧客の共鳴を呼べるか。目に見えるニーズを捉えるのではなく、顧客が価値観を感じるニーズを創出しなければ勝てない。そして、顧客の共鳴力が高まったときに新たなマーケットが生まれ、スタンダードとなるのである。顧客にとって、その店で過ごすことが「高質な日常」の体験として記憶に刻まれ、リピートすることがその人のライフスタイルに取り込まれることができれば成功だろう。業態競争が激しくなった「ワインバル業態」。単にがぶ飲みワインとバル料理を提案してももう差別化はできない。その店を日常の中でどう使ってもらうのか、それをオーナーが明確に提案できるかどうか。神田の「普段着ワイン酒場 GETABAKI」や新橋の「今夜もワイン」などは、オーナーのメッセージが店名を通じて読める。立ち飲みワイン「buchi(ブチ)」話題を呼んだ東井隆氏と女将・岩倉久恵氏の神泉「CAFÉ BLEU(カフェ ブリュ)」。2人の店づくりの基本は、美味しい料理と酒を楽しめる店。そのために自分達でできること、自分達らしさであることを常に確認してつくり上げてきた。「業態をつくるのではなく、飲食に対しての考え方、スタイルを伝えたい」と東井氏は言う。朝から営業し、昼、夕の一息、そして夜は憩いの場として、気軽に寄れる店であって欲しいと、朝10時から24時まで1日通し営業。提供するフード、ドリンクのほとんどが国産であり、信念を持つ生産者からのもの。「町の台所として、彼ら生産者の姿勢や思いを後世に伝えるための代弁者でありたい」という同店の姿勢は、「高質な日常」の提供というこれからの飲食店のあり方を示唆していると言えるだろう。
コラム
2012.08.02
「日常の高質化」がこれからのテーマ
飲食マーケットの先が見えないといわれる。価格競争や業態競争を続けている限り、「同質化の壁」は破れない。競争の方向が「価格から価値」へ移り、そして「クオリティ」がいまキーワードになっているが、その次に来るテーマは「高質な日常」の提案である。
佐藤こうぞう
香川県生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業後、日本工業新聞記者、雑誌『プレジデント』10年の編集者生活を経て独立。2000年6月、飲食スタイルマガジン『ARIgATT』を創刊、vol.11まで編集長。
その後、『東京カレンダー』編集顧問を経て、2004年1月より業界系WEBニュースサイト「フードスタジアム」を自社で立ち上げ、編集長をつとめる。
現在、フードスタジアム 編集主幹。商業施設リーシング、飲食店出店サポートの株式会社カシェット代表取締役。著者に『イートグッド〜価値を売って儲けなさい〜』がある。