1994年4月の酒税法改正(ビールの最低製造数量基準が2000klから60klに緩和された)を機に全国に広がった地ビールブームから17年。多くの地ビールブリュワリーが生まれたが、価格と味が消費者からなかなか受け入れられず、生き残ったのは180社ほどといわれている。地ビールを売りにする飲食店も特定のファン層に支えられて生き延びてきたものの、ベルギービールやアイリッシュパブブームなどの影に隠れてあまり目立った動きはなかった。しかし、外食マーケットが“脱低価格”路線を目指す流れに沿って、「クラフトビール業態」が「ワイン業態」「日本酒業態」に続く“価値軸ビバレッジ”の強力アイテムとして見直されてきたのだ。とくに最近、若手の飲食店経営者が「クラフトビール」の魅力に着目し、開業するケースが増えてきた。いまや「地ビール」というマニアックなイメージはなく、様々な表現ができるクリエイティブで洗練されたニューウエーブスタイルが「クラフトビール業態」なのである。今年に入り、ニューオープンも増えている。大塚に2月11日オープンしたのが「麦酒庵」。日本酒の名店と名高い四谷「酒徒庵」の姉妹店で、クラフトビールと国産カキを提供する業態だ。クラフトビールは10種類。また、西新橋一丁目に2月24日にオープンした「CRAFT BEER MARKET(クラフトビアマーケット)」。国産を中心に外国産も含め30種類のクラフトビールがグラス480円から楽しめる。これらの店には、カウンターバックの壁面に取り付けた「タップ」と呼ばれるミニサーバーが何十個も並び、まさにクラフトビールらしいこだわりとライブ感、そしてオシャレ感を醸し出す。グラスもワイン業態や最近の新世代日本酒業態と同様、ビールの種類によって多種類のものを揃えている。高円寺には、2月24日にオープンした「高円寺麦酒工房」に続き、4月12日に「地ビールバー 萬感」がオープンした。4人の若者が協力して開業、全国から集めた地ビールを片手に集まれるコミュニケーションの場を目指して、まさに“万感の思い”でオープンした。彼らが開業にあたって、指導を求めたのが“クラフトビールの聖地”といわれる両国の「麦酒倶楽部 ポパイ」オーナーの青木辰男さんだった。「麦酒倶楽部 ポパイ」は昨年、創業25周年を迎えた老舗。初期にはボトルビールを中心に置いていたが、いまではすべて生樽ビール。カウンターのハンドポンプを含め、70種類のクラフトビールが飲める。毎日、全国のブリュワリーから取り寄せた日替わりの生ビールを提供するほか、個性の強い「ポパイオリジナル」も置く。青木氏は自らカウンターに立ってビールを注ぎ、接客もつとめる。その青木氏は「若い人たちからクラフトビールで開業したいという相談を受けることが最近多いです」と語る。青木氏によると、日本のクラフトビール市場は世界に比べて圧倒的に遅れているという。アメリカをはじめ、スペインやイタリアでもいま急速にクラフトビールが伸びている。アメリカでは、ビール全体のうちクラフトが7%のシェア。ブリュアリーの数も昨年の1,550から1700へ増えた。スペインでも、アルコール展示会などでは、ワインコーナーよりもクラフトビールコーナーに人が集まっているという。日本の場合、ビール全体に占めるクラフトビールのシェアは1%にも満たない。ブリュアリーも180ほど。これから伸びる余地はまだまだあるのだ。「クラフトビール」の魅力は、何といっても、クリエイティブ性があることだ。まず醸造法や素材によって、エール、ダークエール、ピルスナー、ヴァイツェン、ケルシュなど種類が多い。フレーバーは300種類あるといわれる。注ぎ方や提供するグラスによって微妙な味の違いを出すこともできる。「レシピよりもデザイン。どんな味を表現するか、そのイメージが重要になるんです。だから、自分の感性を磨くしかないんです」と青木氏。こうした創造性、奥の深さはまさに、ワインや日本酒と同じ。最近、日本酒も“勘と経験”で伝統を守ってきた杜氏たちが引退し、酒蔵の若手当主たちが自ら製造にあたる「オーナー杜氏」が増え、彼らが殻に捉われない新しい酒をつくり出しているが、ビールのつくり手たちも変わりつつある。そうした新しいブリュワリーのつくり手を発掘し、彼らと組んでオリジナリティのあるビールを提供することもできる。「クラフトビール」の世界はまさに“ものづくり”なのである。これからの繁盛店の条件は、ものづくり発想で差別化し、オンリーワンの業態を創れるかどうかである。その点でも、「クラフトビール業態」は挑戦しがいがあるニュージャンルではないだろうか。
コラム
2011.04.21
「クラフトビール業態」が動き出した!
国産の小規模ブリュワリーから生樽の地ビールを取り寄せて提供する「クラフトビール業態」のレストランやバーが都内に増え始めた。「ワイン業態」「日本酒業態」に続き、目が離せない動きとなりそうだ。
佐藤こうぞう
香川県生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業後、日本工業新聞記者、雑誌『プレジデント』10年の編集者生活を経て独立。2000年6月、飲食スタイルマガジン『ARIgATT』を創刊、vol.11まで編集長。
その後、『東京カレンダー』編集顧問を経て、2004年1月より業界系WEBニュースサイト「フードスタジアム」を自社で立ち上げ、編集長をつとめる。
現在、フードスタジアム 編集主幹。商業施設リーシング、飲食店出店サポートの株式会社カシェット代表取締役。著者に『イートグッド〜価値を売って儲けなさい〜』がある。