丸の内線「新宿御苑前」駅3番出口から徒歩約2分。新宿通りと靖国通りを縫う路地沿いに、9月12日「HIGHBURY-THE HOME OF BEER-(ハイバリー ザ・ホーム・オブ・ビア)*以下ハイバリー」がオープンし、ビアギークの注目を集めている。同店を立ち上げたのは、国内外のビールマーケットと醸造事情に精通する安藤耕平氏と榮川貴之氏。店内には、両氏が「100年後も続くビール」として惚れ込んだランナップが勢ぞろいする。イギリスの人気クラフトビール「Thornbridge (ソーンブリッジ)」の国内唯一のアンテナショップを標榜し、国内未入荷ブランドを含めた安定供給を実現するほか、木内酒造合資会社による「常陸野ネスト」や、チェコの「ピルゼンスキー・プラズドロイ(通称ピルスナーウルケル)」(*冬季限定)、サッポロビールの「ヱビス」、うしとらブルワリーのIPAやベルギーのランビックボトルビールなど、”クラフト”、”大手”の区別ない良ビールを、輸送・保存から提供方法まであらゆる面でこだわり抜いたベストな状態で提供。また近い将来にはオリジナルブランドを立ち上げ、希少な「カスクエール*イギリスの伝統的な樽ビール」の醸造も予定しており、今後の国内におけるクラフトビール趨勢を占ううえで見逃せない要注目店となっている。
オーナ―兼店長(同店ではLANDLORDと呼称)を務める安藤耕平氏のキャリアは非常にユニークだ。国立和歌山大学時代にロンドン留学の経験を持つ安藤氏は、イングランド屈指の強豪として知られるフットボールチーム「アーセナル」の熱狂的なファンであることから、現地でたびたび試合を観戦。必然的に、サッカーと密接な関わりを持つイギリスのパブ文化と触れ合っていった。チームの試合巡業に同行してイギリス国内各地を旅して回り、地元に根差したパブが持つ奥深い魅力に取りつかれた安藤氏は、帰国後、大学に通いながら日本地ビール協会の資格試験を獲得し、「HUB(ハブ)」や「BAY BREWING YOKOHAMA(ベイ ブルーイング ヨコハマ)」といったビール関連企業に入社。その間もチェコやドイツ、ベルギーなどビール消費各国を度々訪れ、ある時イギリスで出会ったソーンブリッジの「ジャイプールIPA」の味わいに衝撃を受ける。いてもたってもいられず同社に飛び込み直談判した安藤氏は、2013年にソーンブリッジで半年間の修行を敢行。帰国後は木内酒造合資会社に入社し、ビール醸造コンサルタントとして、アジア圏における新規プロジェクトの立ち上げ等を手掛け、国際ビアコンペティションでの審査員も経験した。一方、副店長の榮川貴之氏は、名古屋のクラフトビール専門店「23 CraftBeerz NAGOYA」で店長を務めたほか、「うしとらブルワリー」での醸造経験を持つ人物。ビールへ賭ける情熱で意気投合した両氏は、それぞれが心酔するブルワリーの魅力を伝えるアウトプットの場を持つべく開業へと踏み出した。
現在取り扱うビールは全11タップ。内容は、ラガー系がエビスビールとピルゼンスキー・プラズドロイ(*夏季はサッポロ黒ラベル)の2タップ。エール系が「ジャイプールIPA」などソーンブリッジ5タップと、残りの4タップを常陸野ネストビールとうしとらブルワリーで構成している。カウンターに造り付けられたラガービール専用のサービングタップは、安藤氏が自ら設計しチェコ・ピルゼンのLUKR社にオーダーした特注品で、ラガービールにおける重要な構成要素であるキメ細かい泡の実現を可能にしたもの。バックカウンターにはエール系のサービングタップが連なり、その並びには、カスクエールの樽を陳列するガラス張りの「エンジンルーム」と、それを提供するための特製グラビティ―タップが設置されている。ガスではなく、重力のみによってサービングするこのカスクエールのシステムは、安藤氏がイギリスで習得し導入した日本では他に例を見ないもので、強烈なシズル感を演出している。また、エンジンルームの並びにはボトルビール専用のウォークインセラーが併設されており、特筆すべきはこれらすべてが入室・見学可能なこと。特徴ごとに3つの温度帯で管理し、3つの温度帯で提供するという各ビールへのこだわりを誰でも目の当たりにすることができる。
これらのビールのラインナップには、「ハイバリー」の重要なテーマが表現されている。それは”ブルーイングをファッションにしない”ということ。安藤氏がソーンブリッジと木内酒造合資会社での修行時代に身をもって学んだスタンスだ。日本の飲食マーケットは、一つのアイテムがブームに乗ると、大手企業や他業態が一気に参入し、ブランドのレアさや種類の多さを売りにした専門店を急増させるという風潮に陥りがち。だがクラフトビールの場合、そうした勢いまかせの店作りでは、この業態が内包する”商品原価”と”物流コスト”という課題をクリアできず、持続性のある店作りが困難になる。クラフトビールを一過性のブームに終わらせてしまうことを危惧する同店では、両氏が確かな技術力を目の当たりにして「世界最高峰レベル」と判断したブルワリーを厳選し、既存の問題を解消する新しい在り方を提案。例えば国内ブランドに関しては、都内に流通ルートを持つビールだけを取り扱うことで物流コストをカットするほか、近日中には常陸野ネストビールのホワイトエールを国内初の大容量タンクビールシステムにより管理し、原価コストと品質を担保する計画だ。また、年明けを目途に自社オリジナルビールブランド「GUNNERS BREWING」を立ち上げ、前述の「カスク・エール」に特化した醸造を開始する予定もある。イギリスのリアルエールの伝統を受け継いだカスクエールは、取り扱いが難しく輸入困難で、現在では現地イギリスでも稀少となりつつあるもの。だからこそ、日本国内で醸造する理由とストーリー性を秘めているというのが同店の判断だ。このように、両氏の経験と知識に基づいた創意工夫を店内の至る箇所に行きわたらせることにより、「HOME OF BEER」の名の通り、ビールの持つ魅力と可能性を最大限に訴求している。
フードメニューは約16品。栃木県の有機農家キラ星農園直送の芋3種類を使用した「HIGHBURYフライドポテト」(650円)や「キラ星野菜バーニャカウダ風」(800円)のほか、アーセナルの宿敵チーム「トッテナム」をもじった鳥ハム「トッテンハム」(600円)など、個性的なメニューが並ぶ。これらは、料理に明るくない両氏がメニュー構成だけを組み立ててフードディレクターに商品開発をアウトソースしたもので、スタッフが誰でもおいしく手早く提供できる完全版レシピとなっている。「ここは誰もが目的を持って共に学ぶ場にしたい。スタッフには、単なる労働力ならうちには必要ありませんと伝えています」と安藤氏が語る通り、フードディレクターを手掛ける”おふみ”氏をはじめ、現在同店に関わる全5名は、それぞれが実現したい志を持って集まっている人材が揃う。
現在の主客層は20代後半から40代の目的来店客が中心で、男女比は7:3、リピート率の高さが特徴だ。店内はキャッシュ・オン・デリバリーシステムを採用しており、客単価は約3500円だが、遠方から訪れて一度に7000円~8000円を使うお客も少なくないという。また、スタンディングで最大50席の確保が可能な店内では、貸し切りのアーセナル観戦イベントなども随時開催している。同店の今後の目標について安藤氏はこう説明する。「ハイバリーは、僕と榮川がビールを通していただいたご縁をアウトプットする場です。今後は、その場を全国数カ所、やがては海外へと広げていきたい。数年内には京都に2号店をオープンし、法人化する計画を立てています。その後は、僕の長年の夢であるイギリス移住を実現するためイギリスにも拠点を設け、ヨーロッパに向けて日本のビールカルチャーを発信していきたい。パブが持つ可能性を信じ、ビールで世界を繋いでいくこと。それがハイバリーの志です」。同店のフェイスブックページには、イベントや店のこだわりを紹介する記事の最後に安藤氏のこんなコメントが頻出する。「安心してください、狂ってます!」。自らが見出した道の持つ価値を信じ、幾多の困難をものともせずにヘンタイ的ともいえる情熱を持って突き進む飲食店。フードスタジアムが最大の敬意を払うそんな飲食店の歴史に、今また一つ新たな名前が加わった。
店舗データ
店名 | HIGHBURY-THE HOME OF BEER-(ハイバリー ザ・ホーム・オブ・ビア) |
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住所 | 東京都新宿区新宿1-17-5 |
アクセス | 東京メトロ丸の内線新宿御苑前駅から徒歩2分 |
電話 | 03-6273-2550 |
営業時間 | 月~金17:00~23:00、土・日13:00~22:00 |
定休日 | 祝日 |
坪数客数 | 17坪・30席 |
客単価 | 3500円 |
関連リンク | FB(HIGHBURY-THE HOME OF BEER) |