今、東京で最も注目を浴びる店「falo(ファロ)」は、一風変わった“イタリアン酒場”だ。代官山駅裏手の、アパレルショップや雑貨店、洒落たレストランやバーが点在する閑静なエリアにある。5月18日、自由が丘の一軒家リストランテ「mondo(モンド)」の姉妹店としてオープンして以来、たちまちイタリアン好きのみならず食通たちの間で知られるように。その評判を聞きつけて、毎夜多くの人たちで賑わう。深く追求された料理の質の高さはもちろんのこと、イタリアンと炉端のおもしろい融合、そして、360°キッチンをぐるりと囲むカウンターだけで構成された大胆な内装—。この店のどこを切り取っても、確固としたアイデンティティが感じられる。誰かを連れてまた訪れたくなるような、記憶に強く残る店だ。
“焚火イタリアン”と銘打つ同店。その中心にはいつも一心に炭火を見つめるシェフ樫村仁尊氏の姿がある。氏は、日本のイタリアンを代表する名店「リストランテ アクアパッツァ」の日髙良実氏の右腕として、長年このリストランテの高名を支え続けてきた人物だ。専門学校を卒業後、すぐに「アクアパッツァ」に入社。日々料理人たちがしのぎを削る最前線で、“イタリア料理”というものを身体に叩き込んできた。入社4年後に渡伊。各地のレストランをまわり1年ほど現地で研鑽を積み、帰国した。帰国後は、イタリアンの名店サローネグループ前身の「ポルタポルテーゼ」や「サイタブリア」の立ち上げなどに参加し、その後再び「アクアパッツァ」経て、宮木康彦氏の自由が丘のリストランテ「mondo」へ。
洗練された精緻なコース料理主体の「mondo」とはうってかわって、アラカルトのみのカジュアルな雰囲気の「falo」。その背景には「肩肘張らずに“うまい酒とうまい飯”を食べて、隣り合った人たちが会話を楽しんでほしい」という氏の願いが込められている。“焚火”という発想は、中野の老舗炉端「陸蒸気(おかじょうき)」からヒントを得たそうだ。彼にとって“酒場”とは、気構えずに本音を言い合える場所。厨房を360°囲むカウンターのみの設計にしたのも、テーブルをはさんで食事をするよりも隣りの人との距離が縮まり、会話がはずめば、という考えからだ。
日本のイタリアンを牽引するまさにトップクラスの現場で、技と感性を磨き続けてきた彼が同店でつくる料理は、意外にも驚くほど素朴なものが多い。しかし、ひとたび口にすると、素材の深い味がゆっくりと身体にしみこんで、ほっとする。「できるだけ調理はシンプルにして、何を食べているのかを明確にしたい。飽きずに何度でも食べたくなる料理を目指しているんです」。また、「常に良い食材を探し続けている」とも。食材との出会いがきっかけで新たな一皿が生まれることもそうだ。ふっくらと炭火で焼上げる「くるくる巻いた太刀魚」(1本800円)もその一つ。愛媛の漁師から郷土料理を教わり、それをイタリア風にアレンジ。味付けは醤油ではなくバルサミコを使い、ハーブで香りをつけて、ピンクペッパーを散らして仕上げる。
食材は長く付き合ってきた生産者からおもに送ってもらっている。その理由は、食材の良し悪しだけではない。「みなさん、収穫したものの中で一番いいものを僕に送ってくれている。そんな信頼関係を大切にしたいんです。例えば、野菜もその日、その年の味にムラがあるのは当然です。お客さんにもそれが受け入れられるようになればうれしいですね」。生産者への敬意と感謝、食材へのあたたかな優しさがこもったその一皿一皿は、誰をも魅了する強い力を秘めているようだ。
同店のシグネチャーディッシュともいえる「ポルケッタ」(2500円)は、独自に調合したスパイスをすりこみマリネした豚肉をじっくり焼上げる。柔らかくも弾力があり、ジューシーで甘くスパイスの風味がほどよくきいた逸品だ。「焼いている間に是非!!」とすすめるメニューも旬の食材を軸に組み立てる。「炭火にぶっこんだじゃが芋」(300円)、「イタリア屋台風もつ煮」(900円)、「串刺しにした王様椎茸とサルシッチャ」(900円)など。季節の移り変わりにあわせてメニューも、店もまた新しくなる。食事に合わせるドリンクは、ワインをメインに提案。常時25種類を用意し、そのなかには自然派ワインも多いが、「まずはカテゴリーや名前に関係なく、ご自身の好みや料理との相性を大切に選んでほしい」という。“自然派”や“ナチュール”という言葉だけで、生産者の魂がこもったワインを判断したくないというのだ。だから、スタッフたちは必ず、ワインや生産者にまつわるちょっとしたエピソードと一緒にサーブしてくれる。これもまたお客に“飽きない楽しみ”を与えてくれる。
今後について尋ねると、「会社として店をやっている以上は、スタッフがどんどん新しいことにチャレンジしていってほしいですね。商売は人ありき。自由に発想して、挑戦できる環境をつくっていきたいです。まずは自分から」。そう語る彼には、実は“使命”と自身に課していることがある。「和食だけじゃなくて、日本にも100年続く老舗のイタリア料理店があってもいい」。そう語る彼の心には自分を育ててくれた「アクアパッツァ」への感謝がある。「あの味、文化を守るのは僕の使命だと思っています」。ふと今夜も「falo」へ行きたくなった。