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特集

【新連載】時をつなぐレストランシェフ 2nd chef 森枝幹


世界の食に触れて育った若きシェフ
自在な発想で食の可能性を問いかける

 

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「フレンチやイタリアン、そういったジャンルでくくってしまうのはもう古いのです」。そう口を開いたのは、「時をつなぐレストランシェフ」2人目の森枝幹シェフ。2014年に27歳で「サーモンアンドトラウト」をオープンし、以来独特の感性で生み出す料理や幅広い活動で注目を集めている。常に挑戦的で、刺激的なメッセージを発し続ける森枝氏。そこに込められた願いとは。
 

 

父 森枝卓士のもと
世界の味、香りとともに育った

 

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 自由な発想から生まれる実験的かつ刺激的なプレゼンテーションで、若者を中心に多くの人を魅了するガストロノミー「サーモンアンドトラウト」。下北沢と三軒茶屋をつなぐ茶沢通り沿いに佇むこの小さな店には、商品として販売されている自転車も並び、ただの飲食店とはひと味違う奔放な空気を醸しているのが印象的だ。このステージでシェフを務めるのが、この度お話を伺った森枝幹(もりえだ かん)氏である。森枝氏の父親は、写真家であり、食文化研究家としても知られる森枝卓士氏。世界各地を巡って得た食に関する幅広い見聞をもとに、多数の著書を上梓している人物である。その父親のもと、森枝氏は幼い頃から“食の本質”に触れて育ってきたという。「小学生の頃から、父は私にいろいろなものを食べさせてくれました。家のキッチンにはあらゆる国や地域の食材やハーブ、調味料がありましたし、当時から父は柚子胡椒などを手作りしていたんですよ。小さな頃の遊び場として思い出されるのも、父に連れられた食の名店や生産者さんのところです」。そういった環境で刻まれた食の記憶のひとつひとつが、現在の森枝氏の料理に息づいている。

森枝氏にとって、食の世界に進むのは当然の、ごく自然なことだったという。父親の卓士氏は、世界のベストレストランに名を連ねるオーストラリア「Tetsuya’s(テツヤズ)」の和久田哲也シェフと親交が深く、「お前もここで働きなさい」と幼い頃から言われていたそうだ。森枝氏は高校時代、バレーボール選手として東京で優勝するほどだったが、スポーツ推薦での大学進学を選ばず専門学校へ。調理師免許を取得してオーストラリアへ渡り、「Tetsuya’s」で研鑽を積んだ。この時、海外では日本人としてのアイデンティティが強く求められることを痛感し、帰国後表参道の日本料理店「湖月」で3年ほど修行。その後、海外からのお客様も多いマンダリンオリエンタル東京「タパス モラキュラーバー」へ移った。そして、2011年の東日本大震災を経験することになる。店が1週間休みになり、その間に自分の進むべき道を見つめ直したという森枝氏は、独立を志すようになる。折良く南青山の屋台村「246COMMON」(現「COMMUNE246」)から出店の打診を受け、屋台を開いた。ここで経営者としての感覚を磨き、2014年に「サーモンアンドトラウト」をオープンした。

「サーモンアンドトラウト」は、同店でカヴィストを務めるフードライター 柿崎至恩氏とスタート。飲食店が密集している人気のエリアを避け、この店ならではの食を発信し街を盛り上げたいという思いとともにスタートした。料理のスタイルは、フレンチやイタリアンなど何らかのジャンルに捉われるものではない。森枝氏が日本各地、世界各国を訪ねて吸収してきたものを解釈し、森枝氏のスタイルで編集・再構築した料理が供される。「サーモンアンドトラウト」は、「こういう食があっても面白いよね」という視点を提案し、それを受け入れて楽しむお客様が集まる場所なのだ。今年30歳になる森枝氏の世代には、オーストラリアやアメリカ、北欧で修行を積んだシェフも多い。これらの国は食の歴史が浅いこともあり、自分たちで新しいスタイルを生み出し、世界の新たなトレンドを生み出すパワーを発揮している。その精神を肌で感じている森枝氏も、自分たちの手で新たなプロダクトを生み出し、新しい食の考え方を提案したいという思いを抱いている。「まだ体験したことのないもの、私たちにできるものがたくさんある」。森枝氏のこの言葉そのものが、「サーモンアンドトラウト」のコンセプトだといえるだろう。

 

伝統を再構築し
新しい価値を提案する

 

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 現在の「サーモンアンドトラウト」の料理は、東南アジアをテーマにしている。気温も湿度も上がり気候の熱帯化が進む日本を東南アジアの一部と捉え、南国のエッセンスを料理に加えている。柿崎氏が長年フィールドワークをしていた奄美大島や喜界島に惚れ込み、そこで生産されている黒糖や柑橘なども積極的に取り入れているそうだ。“日本は和食”と考えるのではなく、東南アジアという地域の北限と考え、より広い視点でボーダレスな料理を展開している。その土地の気候に合わせて、食べたいと思うもの、体が欲するものは変わってくる。現在の日本ではかつてよりも甘味や酸味が強いもの、香りが強いものを美味しく感じるはずという前提のもと、メニューを考案しているそうだ。中でも、タイバジルとスイカ、マグロのサラダに、ハーブが香る南アフリカのベルモットを合わせたマリアージュは森枝氏のお気に入りだという(取材時)。一方、「フィッシュアンドチップス」やあらゆる旅先で得られるインスピレーションを元にした料理もコースに登場し、これらも人気を呼んでいる。森枝氏が今食べたいと思うもの、美味しいと思うものが自在に現れ、お客様の感性を刺激する。

森枝氏の料理のキーワードは、“フレーバー”と“ツイスト”だ。“フレーバー”は、香りのこと。幼い頃から、父・卓士氏が世界中から集めてきたハーブやスパイス、その他の食材に囲まれて育ってきた森枝氏。それらの香りの記憶と扱い方はその身に染み付いている。森枝氏ならではのフレーバー使いは彼の料理の大きな魅力のひとつと言えるだろう。“ツイスト”は、アメリカのカクテルの世界で使われている言葉。古くから親しまれているスタンダードなカクテルに新しい要素を加えてアレンジし、今の時代ならではの新しいカクテルを生み出すことを“ツイスト”という。森枝氏の料理にも、各国の定番料理に彼ならではのアレンジを加えて“ツイスト”したものが多数登場する。「サーモンアンドトラウト」の人気料理「フィッシュアンドチップス」は元々イギリスの代表的な料理だが、森枝氏はその時の旬の魚を使い(取材時は鮎、次はサンマを予定)、肝と中の骨を抜いて頭から尻尾まで食べられるようカリカリに揚げたものに、肝をイメージした苦味のあるタルタルソースを注射器で注入して提供する。フィッシュアンドチップスの概念をどこまで変えられるか、森枝氏自身も楽しみながらアレンジしている。

レストランはお客様のためだけに尽くすものではない、と語る森枝氏。「私は自分が楽しむためにお客様にも一緒に楽しんでもらっています。その結果として正当な代金をいただくことも大切です。サーモンアンドトラウトの客単価は10000円。その代金をいただくために日々努力しています。低価格低賃金に流れていくと飲食業界がダメになってしまう。そうならないためにも、個々が努力をしていくのはとても大切なことなのです。良いものを良い形で伝えるという基本を忘れずに」。そんな「サーモンアンドトラウト」のかたわら、新宿ゴールデン街のレモンサワー専門店「The OPEN BOOK」の監修も行っている森枝氏。日本独自のカクテルであるレモンサワーを再構築し、“ツイスト”したものを提供している。庶民的なお酒というイメージのあるレモンサワーの質を、手頃な価格のままどこまで上げられるかがテーマだそうだ。「食の面白さは多様性にあります。お客様には、その時何が食べたいかという気分や、ライフスタイル、予算などに合わせて食を自由に選んでほしいですね。あらゆるシーンで質の良いものをナチュラルに楽しめるお客様がもっと増えると良いと思います。そのために私もさまざまなことに取り組んでいます」。

 

あらゆる視点を探り
食の面白さを伝えていく

 

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森枝氏は、他の店とのコラボイベントも積極的に行っている。クラフトビールや日本酒の専門店とコラボしたペアリングイベント、人気カフェとコラボしたカクテルとのペアリングイベントなど、毎月1回、1年間の実施を予定している。「お酒と料理のペアリングだけでも、食には無限の可能性があります。食材はもちろんですが、クラフトビールや日本酒なども素晴らしいものがたくさんあります。ですが今のところ、ワイン以外のお酒では、まだバッチリとハマるハイレベルなペアリングを実現している店は少なのではないでしょうか。私は1度のイベントで8〜10品の料理とお酒のペアリングを試していますので、それをデータとして蓄積し、本やWEBなど何らかの媒体で発表できたらと思っています。私たちの取り組みを参考に、ペアリングについて考えてくださる方が増えると嬉しいですね」。スペインの「エルブジ」、デンマークの「ノーマ」、その次のトレンドを求めて世界の食のシーンは停滞期にあるともいえるが、考え方や視点を変えれば、まだまだやれることがたくさんあるという森枝氏。彼は、“まだ誰も体験したことのない、何か面白いもの”を常に探し求めている。

10月には新雑誌「RiCE」の創刊も控えている(柿崎氏も参画)。森枝氏は、料理を作るだけではなく、料理の面白さや食にまつわる話を本や雑誌で広く伝えていきたいという。「先日はこの雑誌の取材で神田の麹屋さんを訪ねました。6代続く店で、長年の歴史に裏付けされた揺るぎのないポリシーがあった。ひとつのものを突き詰めるというのは素晴らしいことです」。食の世界は幅広く、いろいろな考え方があり、いろいろなことができる。そのことに、若い人を中心に気づいてもらいたいという。「面白い個性のある店がどんどん登場して、自分なりの題材に取り組む人もどんどん登場してほしいと思っています。私は東南アジアの食を題材にしているけれど、北のほうに目を向けて北方領土の食を題材にする人が出てきても面白いじゃないですか。そういう視点を持ってもらうきっかけづくりをしたいですね」。

「5年後、10年後のあなたは」と問うと、「今と全く同じことをしているのではないかという気もします」と森枝氏。「サーモンアンドトラウトという店自体はそれほど長く続けないかもしれません。10年後にはカッコ良い店ではなくなっているかもしれない。ですが、時の流れとともに形は変わっても、勢いのあるカッコ良いことをしていたい。5年10年と年をとっても、攻め続けていられる人になりたいですね。料理人という仕事に興味を持つ若者、店へ食事に行ってみようという若者が増えるように、私にできる活動を続けていきます」。食にはさまざまな視点があり、見方次第で夢中になれることがたくさんある。料理人は他の職業の人から嫉妬されるくらいに楽しく面白く、人生を豊かにしてくれる可能性を秘めた仕事。そのことを自ら体現していきたいという。森枝氏の自由な料理や活動には、自身が幼い頃から愛してきた食や食にまつわる仕事の魅力を、若い世代に広く伝えたいという願いがこもっている。次はどんな面白いことを見せてくれるのか。森枝氏は今後も注目を集める人物であり続けるだろう。

<シェフのひと皿>

 

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取材時のコースの中のひと皿、「焼きナス」(写真左)。梅酢とゆかりでフレーバーをつけた焼きナスのピュレを鱧と合わせ、焼きナスの皮と赤シソ、ゼラチンでつくったシートをかぶせている。和の味わいでありながらクミンの香りがアクセントとなっている。森枝氏ならではのツイストだ。写真右は人気メニューのひとつ「フィッシュアンドチップス」。

 

スクリーンショット 2016-08-30 12.16.54■著者プロフィール 河﨑志乃
山口県生まれ。女性ファッション誌での各種情報執筆及びフードコーディネーターとしての活動を行う。レストランのコンサルティング及び販促物・公式WEBサイトの制作、ホテルレシピ本のライティング、レストランの店舗名考案、一般販売用菓子・コーヒー等のネーミングほか多数。2016年より独立しtabetas+を設立。フードコーディネーター・ライターとして活動を続けながら、料理教室を開催するなど多方面で活躍中。

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