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ビール業界に精通する経済ジャーナリスト・永井隆の書き下ろしシリーズ企画第三弾!”ビール営業物語”【第3回】サッポロビール東京中央支店・竹内利英の仙台、銀座攻防戦


自分で勝手につくってしまった“壁”

「それでは、本当に、ホントに宜しくお願いします…」
サッポロビールの営業マン、竹内利英は耐えきれずに言葉を発してしまう。
何しろ会話が1分以上も途絶えていたのだ。表通りを走る自動車の音など日常の喧噪だけが流れ、沈黙がその場を支配していた。
前任営業マンの思い入れが深い居酒屋だった。それだけに、目の前にいる社長の「サッポロへの愛情」が強いのは、醸し出される雰囲気からも察しがついた。なのに、竹内が初めて一人で訪問したとき、沈黙という状況に陥る。
営業は人と人とのやり取りで成立する。なので、ウマが合うとか合わないとかは、どうしてもある。例え、会社の看板を互いが背負っていても。また、相性はそれなりに合っていても、前任者との関係性が深い客は、後任として何かとやりにくい。比較などされた日には、堪ったものではない。
可愛がっていた前任者が異動してしまったことに、喪失感を抱く客もいる。
だが、これらとは別に、客と疎遠となるケースもある。

2010年4月、仙台支社から東京中央支店へと竹内は異動した。
担当地域は銀座1丁目から4丁目、東京駅、築地、月島、勝どき、晴海、京橋、有楽町。広い上に飲食店が多いエリアを任された。
サッポロの営業マンの人数は、ライバル3社と比べて多くはない。それだけに、高効率な行動は求められる。
加えて、赴任早々に上司から「かつて、ウチと取引がありながら他社にひっくり返された超重要店が二つある。この二つを取り返せ」と、ミッションが与えられた。
前任者の思い入れが深く、サッポロを愛してくれている店にも、その後も何度か通う。顔を見せるだけではなく、新規メニューなどの提案をしてみる。だが、反応してはくれなかった。
「純粋にサッポロを愛してくれている方だ…」。竹内は感謝の気持ちを抱く。大切にしなければと、自分自身にも言い聞かせる。幸い、前任者と比較されるようなこともなかった。
しかし、大切にとの思いを強くするほどに、竹内の心は重くなっていく。これに伴い、足は自然と遠のいていった。思いと行動とが裏腹になってしまったのだ。
竹内はいま、「自分で勝手に壁をつくってしまったのです」と告白する。

高効率を優先していくと、行動は合理的になりがちだ。日々の忙殺の中に、大切なことは埋もれてしまうことも少なくはない。
高効率の追求、与えられたミッションの達成、勝手につくってしまった“心の壁”への対応…。竹内は、これらの折り合いをつけていかなければならなかった。

ガード下の大繁盛店を奪取せよ!

 ガード下にあるその繁盛店は、いつ訪問してもオーナーがいない。上司から「取り返せ」と命じられた二店の内の一店だった。
店長や店を切り盛りするスタッフたちは、サッポロをそれなりに応援してくれている。現実に先輩営業マンたちの奮闘により、瓶ビールやワインなどのサッポロ製品はまだ入っていた。問題は中心である樽ビールだった。
日常の営業活動を展開しながらも、竹内は注意深く、そして集中してガード下の繁盛店への訪問を重ねた。瓶ビールやワインを飲んではスタッフとの関係を深めていく。どうやら、オーナーは東京にはいない。オーナーが取引の決定権を持つのに。
「では、また伺います!」
店のスタッフに丁寧に挨拶をして店を出て、都心の人混みのなかに呑まれていく。歩きながら時々、「サッポロを愛してくれている社長の居酒屋に行かなければ」と、彼は思ってもいた。
ガード下の繁盛店で“異変”が発生したのは、通い始めて半年が経過した頃だった。

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