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“型破り”の飲食店づくりの基本は“日常性”にある!?“魚介系居酒屋”仕掛け人浜倉 好宣氏と“立飲み”ブームをつくった長谷川 勉氏の飲食店づくりの極意とは
6月12日(木)、第4回サードG交流会が盛況のうち終了しました! 今回は、テーマを「“型破り”の飲食店づくり」と題して、ゲストに浜倉 好宣氏(株式会社ジェイオフィス東京ネオサポート事業部ヘッドコーディネーター)と、長谷川 勉氏(い志井グループ・有限会社エムファクトリー代表取締役)を招いてのトークセミナーです。 司会に、フリーアナウンサーの小谷あゆみさんもご参加いただいたおかげで、ますますの盛り上がりをみせました
浜倉氏は、浜倉さんは「鮮魚酒場 丸富水産」、「中野ウロコ本店」など“魚介系居酒屋”で大ヒットを飛ばしたほか、“横丁再生”“商店街再生”も手掛け、5月30日にオープンした「恵比寿横丁」の仕掛け人。
長谷川氏は、“もつ焼き”の教祖・い志井グループの創業者、石井宏治氏(株式会社ビーヨンシ代表取締役)の下で修行を重ね、「日本再生酒場」の成功で立飲みブームをつくった人物。
トークセミナーの内容は・・・、
まずは浜倉氏、長谷川氏の「食業界に入るきっかけ」から伺いました。
きかっけは、社長とのラッキーな出会い
浜倉氏
京都の実家で育っていた高校生の頃、父親の仕事が倒産してしまって、欲しいものを自分で買うために飲食店やプールバーでアルバイトをはじめたんです。
そして、その当時34歳だった社長に、3月の高校卒業間近の頃、京都駅近くの食堂街に連れて行かれて、看板に「お茶漬け、とんかつ」なんて書かれていて、サンプルケースの中にはジャーマンライスとかピアフがあるような、何だここは?と思うような食堂でご飯を食べたんです。そうしたら、社長に「お前、ここで働け」といわれて、そのまま置いてけぼりにされたのが飲食業界に入ったきっかけですね。それからもう早20年くらのキャリアになります。
長谷川氏
僕が飲食業をはじめたのは10年くらい前になるんですが、もともとは畑違いでして、テニスの選手をしいて、大学生の頃はアメリカやヨーロッパを遠征でまわっていました。大学卒業後は、父親の手配で1部上場の企業に就職したんですけど、「会社をやりたいな」と漠然と思っていた頃、調布に行きつけのバーがあって、そこで良く会うおじさん(石井社長)がいたんです。車・時計・靴・女が大好きで、そのへんが同じ感覚で、僕はまだサラリーマンだったんですが、夜中によく電話がかかってきて、「六本木で飲んでるから顔を出せ」とか誘いがあって、遊ぶようになっていました。それで、このおっさん面白いから、これなら人生一緒にやれるのかなと思って。僕はもともろ一従業員で終わりたくなかったので、皿洗いから入れてくれということで、一番厳しくて、一番忙しい店に入れてくれとお願いして、月収13万円からはじめたんです。
そんな二人の出会いは、2、3年前。飲み会で集まるようになりまして、仲良くなったとか。見た目は全く違うんですが、今では週1で会っているほどの仲だそうです。
そして、それぞれのお仕事のお話へ・・・。
まずは、「鱗シリーズを展開するきっかけと、第一号店開発の苦労された点について」浜倉氏に語っていただきました。
元気な団塊世代が活躍できる環境をつくる
浜倉氏
少子化でもあるし、団塊の世代の方も増えるということで、おじさんだからできる雰囲気とか、お母さんだからできることとか、そういう人たちの年齢じゃないと出ない“味”をつくりたいなと思ったんです。1号店を門前仲町に出したのが3年前なんですけど、そこのオーナーの方が、友達が53歳で魚屋なんだけど元気がないし、周りの人たちも暗い状況の人が多いというんです。そういう人たちがたくさんいるから魚屋を再生させくれよ、と割れたのがきっかけですね。再就職場所の提供という意味もありますけど、角度を全部変えてみれば、そういう世代の先輩方がギラギラしていないとさびしいなというのもあって。
でも、おじさんだけでは雰囲気が重いんで、昔の商店のように、休みの娘や息子が手伝っているような感覚で、店では断れてしまうような金髪の子もバイトに入れて、そのエネルギーをぶつけてもらいました。店長とかも決めずに、役職はおやじ、娘や息子としましたしね。こういうことをすることで、精神労働者が訪れて、自分に戻れるような場所になればいいと考えたんです。
次に、「日本再生酒場の開店のきっかけとこだわり、そして立ち飲みの仕掛けの自信について」長谷川氏に伺いました。
先代社長への粋なプレゼントが「日本再生酒場」のきっかけ
長谷川氏
自信がなくて・・・、質問が1号店開発で苦労したことの方がいいくらいです。新宿の再生酒場の8年ほど前に、新宿ホルモンという店をオープンしまして。8年前というのは、みなさん飲食やられているんでわかると思うんですけど、狂牛病があったときなんです。ここから新宿での展開がはじまったんですけど、当初は本当にお客さまがいらっしゃらなくて、今でも覚えている最低記録が1日お客さまが3人で売り上げ6900円というもの。今はおかげさまで、1日3回転、4回転とかするようになっていますけど、当時1年くらいはかなり辛い思いをしながら一生懸命やりましたね。
それで再生酒場は、新宿ホルモンが起動にのって2年目に作ったんですけど、僕は海外では生活の一部になっている立ち飲み屋をやりたいなと思っていたんです。でも、社長の石井がバーをやったりしまして、あれは失敗だったと散々聞いていたので、失敗は繰り返しちゃいけないなと思っていまして、だったら何がいいんだろうと考えてまいたんです。
元々うちはもつやき屋ですから、ベタに昔からある原点の立ち飲み屋をやったらどうかなと思っていまして。そんなときに、ちょうどい志井グループの50周年で、社長から先代のおやじさんが中野で50年前にオープンしていたときのもつやき屋の立ち飲みを再現して、おやじさんに感謝を伝えたいという粋な話があったんです。それで再生酒場が生まれたんです。
そして、「『原点』『ベタ』『レトロ』といった共通のキーワードがお2人とも業態に感じられますが、その点について」
背伸びをしない“普段性” “日常性”がカギ
浜倉氏
これはですね、“普段性”ですね。背伸びしないで居やすい、そういう普段性を考えています。年齢層ではなくて、そこにいると何となく落ち着ける心理的に自然であるということですね。
門前仲町のようにベタな街にベタなものというのは、周りにも立ち飲み屋や魚屋があったり、文化になっているんですね。その文化の中に、溶け込んでいきたなと。
最初は地域的に抵抗があって大変だったんですが、周りの方とコミュニケーションをはかったこと、今は近所の方を仲良くなっています。
長谷川氏
うちも同じで、“日常性”が一番大事なんじゃないかと思っています。高いレストランをやっても毎日は行かないですから。父さん方が毎日ちょっと飲んで帰りたい・・・、というのが昔から変わらないことですよね。
レトロというのは、先代のおやじさんの時代の背景もあったんですけど、昭和30年代の元気な時代をもう一度日本の社会の中に反映させたい気持ちがあります、しかも、若い男の子も女の子も逆にこのレトロさが新しいという感覚でとらえてくれるんで、音楽や映像もその時代のものを流していると興味をもって、コミュニケーションのきっかけになったりとかも出てくるんですね。
「日本再生酒場からいくつかの業態が誕生していますが、このFC展開を意識している軸業態のとらえ方について、また現在の状態について」長谷川氏に伺いました。
志のある方と同じ想いで新業態をつくる
長谷川氏
うちは基本的に、もつやき屋なんですが、今は内臓の卸業もやっているんですね。基本的には豚の内臓をメインとして牛の内臓、それを使った業種の展開などを考えています。うちは、世の中でいうFC業態をは違うシステム。僕か石井が気がむかないと、契約してオープンするということはしないんです。一緒に誰かがやりたいという志のある方のみ一緒にやっていく形です。そこはオーナーさんとの信頼関係でいつもはじめているんで、そのたびに、新しい業態で、既存店ではない業態のアイディアが浮かんでくるのをホルモンと合わせて作っていきます。
「鱗シリーズの今後のFCを含めた展開と方向性、新業態の展開について」浜倉氏に伺いました。
浜倉氏
勉ちゃんの話と同じなんですけど、FCという形ではなくて、趣旨が合う人にやっていただかないと駄目だということを頑なに思っています。
例えば、サンシャインの中でやっていただいている方は、飲食ではなくて建築をやっていた方で。建築では成功しているけど、飲食をやりたいということが昔からあったそうで、何でやっていただいたかというと、建築業界で抱えてる年齢がいった人工さんをの行く末となる店をやりたいということがあって・・・。
「店舗だけでなく施設プロデュースとなった恵比寿横丁の開発について」伺いました。
浜倉氏
恵比寿の方は背景的には、横丁みたいなものをやっていきたいというのがあって、パワーのある元気な次の世代の方々が出てこれる場所を発掘したいなという思いですね。古い建物ですから空気的には横丁にぴったりだなと思ったんで、ここにしたんですけど、権利とか細かな問題があったりして。最終的には面白いからやりたいと皆さんが集まってくれて、同じ思いが空気感になったと思いますね。
「店舗プロデュース、施設プロデュースの展開戦略について」長谷川さんにお伺いしました。
新丸ビル、ミッドタウンに続き商業施設の展開を
長谷川氏
展開戦略というほど大それたことは考えていないんですけど、やりたいことをやっていくというかたちなんで・・・。
今、新丸ビルに再生酒場と、ミッドタウンに東京ハヤシライス倶楽部とをやっているんですけど、これがうちのグループはじめての商業施設出店の試みなんです。商業施設否定派だったので、はじめては断っていたんですけど、勉強のためにやっていこうかということでやらせていただきました。実際やってみて面白みも確かにありますし、商売としてきちんとやっていけるんだということが勉強になりました。新丸ビルはとくに力を入れて僕もしばらく店に入っていたんですけど、商業施設なんですけど商業施設っぽくやりたくなくて。近所付き合いができるような、ビルの中で商店街が作れたら面白いなと思っていました。5階のフロアなんですけど、各店舗オーナーさんも従業員も仲良くて、人の貸し借りや、食材の貸し借りもしていて、かなり仲良くしています。
今後はうちが路面店でやっている業態がありますけど、その変形版で商業施設に展開するのは面白いかなと思っています。
最後に「現在気になっているテーマ、業種・業態などについて、そして今後お2人のコラボレーションについて」お伺いしました。
浜倉氏
大型店でスペースができたらその再生とか、時間はかかるけれど、飲食とは直接接点がない方とやっていこうかなと・・・。その街にあっているものをやっていくことで、次の元気な人が出てくるような環境というのはつくっていきたいですよね。
今後の出展予定は、鱗シリーズと同じ業態でしょんべん横丁に新店が7月1日オープンします。
あと、2人のコラボレーションは、タイプは全然違うんですけど勉ちゃんとは持っているものは同じだと思うんで、タイミングが合えばぜひやりたいですね。
長谷川氏
浜倉さんのやっているような魚の業態が気になっていて、一昨年くらいから考えていまして、勉強していこうと思っています。でも同じ業態をやっても戦いになってしまうので、ちょっと違う形で面白いものをやろうとは思っています。
今後は、ここ1、2年ほど出店ペースが早かったので、どんどん出店していくというより、既存店の食材や人間をきちんと育てないといけないなと。
あとは、うちの60年の暖簾を守っていくことも大切ですね。
コラボに関しては、浜倉さんも言っていたように、タイミングがくればやると思います。面白いところがあれば一店一緒にやってもいいのかなと思っていますね。
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