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2007-07-12

【カリスマシェフの系譜(8)】“これがパティスリーの心意気だ!”広尾「アレグレス」シェフパティシエ・塩谷 茂樹氏

明治通りの交差点に白壁の清楚な佇まい、パティスリー「Allegresse (アレグレス)」を訪ねた。シェフ・塩谷 茂樹氏は、フランス菓子の名店・尾山台「オーボンヴュータン」で、わずか20歳にしてスーシェフを務めた経歴を持つ。小さな店内には、プロたちをも唸らせる斬新で精巧なフランス菓子で埋め尽くされ、低価格で提供されている。16歳からこの世界をひた走り続けた鬼才パティシエの不動の哲学がそこにあった(文・撮影 吉田 ゆり)

<プロフィール>


塩谷 茂樹 (しおたに  しげき)

1966年和歌山県生まれ
16歳でこの道に入り、日本を代表する洋菓子店・尾山台「オーボンヴュータン」河田勝彦氏に師事、20歳で同店のスーシェフを務める。その後渡仏、およそ5年間フランス菓子の研究を重ねる。帰国後、駒沢のフレンチ「ラ・プリムール」で2年パティスリーシェフを務める。27歳の頃、恵比寿「エ・パタティ・エ・パタタ」オープンに伴いシェフを3年務めるが、ある出来事を機に引退。その後、食の専門校レコールバンタン製菓講師として若手の育成に取り組む。その頃同時に飲食店プロデュース業でも才覚を発揮。ソムリエ、二級建築士、フードコーディネーター、ふぐ調理師免許も持つ。2004年11月広尾「アレグレス」を開店、現場復帰する。焼き菓子工房・駒場「アレグレス ビアン キュイート」のほか、2006年6月「新宿ルミネ1」7Fレストランフロアにショコラティエ・シャンパンバー「アレグレス ビス」をオープン。


お菓子との出会い、それは宿命だった

キリスト教の孤児院で育った幼少時代。
「月100円の小遣いを持って駄菓子屋に行くのが楽しみでした。洋菓子といえば、シスターが誕生日に買って来てくれるバタークリームのケーキだったんです」
小学3年生の頃、里親に連れられて初めての高級洋菓子店に入る。ショーケースに並んだ、初めて見る色とりどりのケーキに目を奪われ、その場をなかなか離れなかったそうだ。
「世の中にこんなに美味いものがあったなんて、悔しくてポロポロ泣きながら“苺のタルト”を3つも食べました」
あまりの美味しさに、すっかりケーキに魅せられてしまった塩谷少年。それ以来、登下校中にケーキ屋の工場を覗くのが毎日の楽しみとなった。中学卒業を待つようにして大阪市内の洋菓子店に住込みで働き始める。

受け継がれる名店の血筋

パティスリー「オーボンヴュータン」は、日本洋菓子界の巨匠と名高い河田 勝彦氏が1981年に等々力尾山台に開店、日本に初めて本格フランス菓子を伝えた草分けとされる。現在、第一線で活躍するパティシエを数多く輩出した名店中の名店。
当時、成城「マルメゾン」、青山「ルコント」、調布「スリジェ」などが名を馳せる中、開店間もない「オーボンヴュータン」に訪れた塩谷氏は“ここだ!”と直感、すぐさまシェフに働きたいと申し入れたという。
河田シェフについて氏はこう語る。
「“菓子の鬼”であり僕の“親父”です。オープン当初は商品が売れ残っていましたが、それでも毎日山ほど作り続けました。菓子とは何かを教えてくれた熱い人です。今業界を担っているのはそんな熱い血を受け継いだパティシエたちです」
20歳でスーシェフになれた秘訣について訊いてみた。
「僕は人より早くこの道に入りましたから。技術が勝っていたというより、シェフの理念を僕が誰より理解していたからでしょう。それが店で二番になる絶対必要な条件です」

本場フランスで学んだこと

フランス菓子の技術においては、もはや日本が上。それでも歴史・風土・人を知るためにフランスへ行かねばならないと塩谷氏。
「フランス人は日本人みたいにメディアに流されず自分の舌を信じています。僕がいた店に毎日パンを買いにくるオヤジがいて、ある日、出来が微妙だなぁと思っていたらテキメン、“昨日と違う”と文句を言われたことも。そうやって職人はお客に育てられていきます」
約5年間のフランス滞在を経て帰国、駒沢で当時人気を博していたレストラン「ラ・プリムール」のパティスリーを担当する。
「“ア・ラ・ミニッツ”(出来たてで提供するデザート)をやりたかったんです。高橋シェフのもとには三國さんや平松さんなど錚々たる顔ぶれが集まっていました。僕も同じくあの人の感性に惚れ、デザートをやらせてもらうことになったんです。メニューはあえて置かず、高橋シェフの料理とお客の好みに応じて常に20種類のデザートを提供していました。ちょうどバブルの頃、料理人にとってやりたいことをやれた良い時代でした」
エスプリの利いたデザートは、店の評判をさらに呼んだ。

 

27歳で恵比寿「エ・パタティ・エ・パタタ」オープンに伴いシェフに就任。翌年にはたまプラーザ店、池袋店と多店舗展開、いつしか従業員の数も膨れ上がっていった。
「あの頃の感性は一番鋭かった、でもスタッフを思いやる気持ちに欠けていました」
ある日、スタッフたちが店に集まって話し合っているのを偶然耳にする。
“もうダメだ、あんな横暴な人にはついていけない”
下を育てるどころかリードすることさえ出来なかった現実を知り、氏は引退を決意。
「河田さんのように人を育てたいと思うようになったんです」
それがきっかけとなり、若手パティシエの育成に取り組み始めた。

 

やがて空前の“パティシエ・ブーム”が到来。
日本人パティシエが国際的な製菓コンクールで続々と入賞したのを契機に、各メディアでもパティシエの特集が組まれブームが加熱、デパ地下スイーツにおいても“人気パティシエ”の争奪戦が始まった。
生徒の就職指導をしていた塩谷氏はこの“パティシエ・ブーム”を危惧した。
「生徒たちは“有名だから”というだけで辻口シェフや高木シェフの店に行きたがる。マスコミの影響で若手は華やかな世界だと勘違いしがちだが、現実は憧れだけではやっていけないキツイ仕事なんです。この浮かれた“パティシエ・ブーム”から目覚めさせる為に自分がやらなければいけない、パティスリーの“心意気”ってものを見せてやろうと決心したんです」
2004年11月スイーツ激戦区・広尾に「アレグレス」をオープンさせる。

誰にでも手の届くパティスリー「アレグレス」

「誰もが楽しめるはずのお菓子は、一体いつからそんな特別なものになったのか。ドアマンに支払うお金があるならお客に還元しろと言いたい」
金勘定するパティシエなんかに負けないと豪語する塩谷氏、他店の高値を証明するため“都心”での出店に強くこだわった。

明治通り沿いにふと足をとめてしまう白く愛らしい外観のパティスリー「アレグレス」。焼菓子、ケーキ、マカロン、ジャム等々…。伝統に新しい感性が吹き込まれた個性あふれるフランス菓子たちが所狭しと並ぶ店内、駄菓子屋でワクワクしたあの懐かしい感覚を呼び起こす。いろんな種類を楽しんでもらおうと手間を惜しまずバラで販売、子供でも買えるよう80円のキャラメルも置いている。ケーキはこの界隈の相場と比べて100円〜150円ほど安い。ホールケーキは手間がかからない分さらに価格を抑えるなど、随所に氏の“心意気”が感じられる。


また、昨年6月には「新宿ルミネ1」7階レストランフロアに、ショコラティエ・シャンパンバー「Allegresse bis(アレグレス ビス)」をオープン。“日本人が作る日本人のためのショコラティエ”をコンセプトに、フランスに負けない高品質なチョコレートをリーズナブルに提供する。また、ソムリエの知識を生かし、ショコラ・バーでは軽視されがちなシャンパンとの相性をさらに追求、32席をゆったり配した店内でチョコレートの新しい楽しみ方を提案する。

高級グルメ・セレクトショップ「DEAN & DELUCA」全店舗でも「アレグレス」の商品を取り扱っている。同社の社長とバイヤーも塩谷氏の“心意気”に賛同し、氏の要望通り広尾の店舗と同価格で販売、「DEAN & DELUCA」で1番の売れ筋商品となっている。

右が社長を口説かせたという魅惑のエクレア。ほんのり塩気のある厚めのシュー生地に、コクと口どけがたまらないチョコカスタードが絶妙なハーモニーを奏でる。この感動が180円とは本当にエラい。

 

素材へのこだわりについてたずねてみた。
「本物の食材を使用するのは当然のことなのであえて謳っていません。例えばうちのマカロン、色が淡いのは、柚子、梅、黒胡麻の天然の色だからです」
添加物はもちろん不使用、安全で良質の国産素材も積極的に取り入れている。
子供たちに向けて物を作っているのだという氏は、小学校に講義に行くこともあるほど食育にも熱心。あえて小学校の近くに店を構え、子供たちが中を覗けるようにと厨房もガラス張りにした。かつて塩谷少年がそうしたように。

 

また、驚くことにオープンから3年間スタッフのメンバーが変わっていないのだという。
店に泊り込み、時間を惜しんで働くシェフをスタッフたちは“ムッシュ”と呼び敬愛する。
「彼らが一人前になるのを見届けるまで辞められません」
そう言い、彼らとの誓いに表情を引き締める。


それにしても、「アレグレス」のショーケースに、名パティシエを生んだあの“苺のタルト”が見当たらない。
魔法が解けてしまいそうな気がして、引退する時まで作らないそうだ。

その時まで全力で走り続けたいという塩谷氏。


いつかの日か味わう“苺のタルト”は、あの時よりもはるかに美味しい、人生最高のお菓子に違いない。

 

 

 

パティスリー アレグレス
住所 東京都渋谷区広尾5丁目1-43
電話 03-5448-9591
定休日 水曜日
営業時間 9:00〜19:30

 

 

 

 

〜筆者プロフィール〜

  吉田 ゆり

 

特集記事担当ライター

(社)日本ソムリエ協会認定

ワインエキスパート

大阪生まれ。大阪・京都を食べ歩き燃え上がった“食人魂(しょくにんだましい)”は、数年前東京に移り住みさらにヒートアップ。ワインの守護神「サン・ヴァンサン」と誕生日が同じことから、本人は化身であると信じて疑わず、布教活動と称し一人で食べ歩く日々を送る。目標一日3軒。

好評ブログ「恵比寿時々中目黒ところにより港区」でグルメブロガーデビュー。

 

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